「エジプト」カテゴリーアーカイブ

この汚れも世界遺産の一部な訳

歴史は最も尊い物の1つであることに異論はないと思う。何故尊いのかというと、もちろんどれほどお金を払おうと、どれほど実力や技術があろうと、すぐにはできないからだ。
無尽蔵にお金と技術を投入しても1000年の歴史を生み出すことはできない。
さて、歴史的遺産を破壊し、ある程度の年月を経てその破壊の痕跡も歴史となり価値を持ったものがある。
この薄汚れた天井もそう。これは遺跡よりもかなり新しい時代、とはいっても数百年~千年の昔、中に住んでいた人が焚き火をしまくって天井が煤けたのだそうだ。
今ではその煤も、この建物の歴史を現す世界遺産の一部と言うわけだ。

あなたも貴重な建物を汚して、壊して、100年後の歴史を作ってみないか?(本当にやったらダメよ)

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今でも使えるナイルメーター。その用途は?

エジプトの遺跡、特に川沿いにある神殿などによく見られるナイルメーター。
ナイル川の水位を川に行かずとも知ることができる装置で、これによりナイルの氾濫時期などを予測し種まき、収穫の時期を知ることができた。うーむ素晴らしい。

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ルクソールの近くのホルス神殿の良い感じの隙間

一口に古代エジプトと言っても、主だった遺跡でも紀元前2000年~西暦300年ぐらいのまで幅があり、建築様式や彫刻の雰囲気は異なる。
ピラミッドの時代からはかなり新しいホルス神殿は、建物も大型化し、壁は高く、彫刻も大きくなる。
そして通路がいい感じの隙間になる。

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サッカラの屈折ピラミッドが屈折している理由

学者の間での通説と、それに対する立場の学者の批判。

1.王が建設中に死にそうになったから角度を緩やかにして完成を早めた。
そんな理由で当時から”究極の建造物”であったピラミッドの美学を曲げるとは考えにくい。実際追王の死後しばらくしてから完成したものもある。王が即位してから30年後に建設が始まっているが、王の死に必ず間に合わせる必要があったのなら、もっと早くに作り始めているはず。また、これ以後のピラミッドの角度が上半分のものと同じに統一されていることから、単に建設期間を短くしたかったなどという理由はありえない。

2.上半分が上エジプト、下半分が下エジプトを表している。
なぜこれ以後の王にこの形のピラミッドがないのかの説明がつかない。上下エジプトを表すものとしては、柱の形などで表される場合があるのは事実だが、角度で表現したものは他に実例が無い。

3.急角度で作り始めたが、急すぎて崩れそうだったので途中で緩やかに作り変えた。
そんな急に設計を変えられない。ビルを作っている途中で上半分だけ別の設計に作りかえるのと同じで、設計をゼロからやり直さない限り4000年も崩れずに残ることはありえない。実際、これ以前に建設されたもので設計が甘く半ば崩れてしまったピラミッドの残骸は沢山ある。

4.途中で王が変わったので、上下はそもそも別物。
下半分は父親のフニ王時代、上半分は息子のスネフェル王時代。つまり親子合作なので変な形になった。が、3 同様に、そんなに簡単に設計をやり直すことなどできない疑問。

5.そもそもこの形で1つの完成形。元々こういう形を作りたかっただけ。
最古のピラミッドは階段形になっているので、ピラミッドの形が時代と共に変わっていったのは事実。この説には反論の余地がないが、これほど特殊な形をしたものに、何の意味も無いと言ってしまっていいものか。

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砂嵐にかすむピラミッド群。まさに大砂嵐。

ピラミッドは結構色々なところにあるが、そろいも揃って砂漠にある。
エジプトはナイル川沿いには緑もあるし、古代エジプト統治の時の南エジプトにはジャングル地帯もあるのだが、砂漠を選んで作ったかのよう。
位置に宗教的意味があるのかもしれないが。乾燥地帯に作ったことで、色々と破壊されずに保存されたというラッキーな結果になった。

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エジプトは男尊女卑…ではない?ツタンカーメン像

有名なツタンカーメン王の石像、横にいるのはは妻のアンケセナーメン。
ツタンカーメンは決してエジプトの歴史の中で有力(有名)な王ではなかったが、それでも特殊であったと言われるゆえんの1つがこの像。
妻のアンケセナーメンの右手が、ツタンカーメン王の背中に回っている。これは慈愛を表すポーズである。この像以外にもツタンカーメンの墓から出土した副葬品に同様の、妻と仲がいい様子が描かれている。
そのどれにも現在のイスラム教の男尊女卑の関係とは微妙に違った、お互いの愛の形が見て取れる。イスラム教が悪いとは言わないが、イスラム以前の古代エジプトは意外と男尊女卑ではなかったのかもしれない。

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光差す石窟神殿、”最低の”アブシンベル神殿

2月20日と10月20日の2日間、これはラムセス2世の誕生日と、即位した日だが、に太陽が奥まで差し込む神秘的な神殿。だった。昔はそうだった。
アスワンダムの建設の際に沈むからと移設し、今では2月22日と10月22日のなんでもない日に光が差し込むし、しかも中心から結構ずれている。
外観も酷いもので、巨大石像を切り刻んで運んだものだから、表面に無数のきり後が見える。まさに最低である。

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ラクダ必須。砂嵐に霞むツーリストポリス

エジプトのカイロにはいたるところにラクダのツーリストポリスがいる。少し風が吹けば砂が舞い上がる砂漠においては車はすぐダメになるので、ラクダが必須。
ポリスといいつつ、「道はあっちだ」、「ここで写真を撮ったらどうだ?」などの余計なお世話を焼いてはチップをせびってくる、乞食とあんまり違いないうっとおしい存在でもある。

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世界で一番成功した公共事業

4000年以上前に、国王の命令で20数年(早い!)の年月と膨大な人的資源を投入して作られたピラミッド。4000年たった今でも健在で、8300万のエジプト国民を養う筆頭と言える観光施設だ。

日本でも最近、公共事業は無駄遣いだと騒がれているが、これだけ長い間国民を食わせ続けてくれる公共事業なら、数兆円を投入する価値もあるのでは?

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微妙にクオリティの低い美術品

ローマ時代、現在のエジプト、アレキサンドリアの辺りで作られた大理石の彫刻。
ギリシャ時代のものと比べるとかなりクオリティが低い。右手に持ってるものがハルマキにしか見えない…
アテネにある大理石彫刻の足元にも及ばないと思いませんか?

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